O.E.D.を引こう!
  当コラムは、『読んで得する翻訳情報マガジン』に掲載された記事原稿に加筆補正したものです。
   
不思議〜wonder
 
African English では、事の良し悪しにかかわらず、驚くべき出来事にはすべて "Wonderful!" と答えるそうです。たとえば、こんな会話が成立するわけです。

  A) She died yesterday morning.
  B) Wonderful!

「wonderful=素晴らしい」という positive な語感に慣れ親しんだ身には奇異に感じられますが、「wonder」は第一義的には「驚き」「驚嘆」を意味するので、まあ、こんな用法もあり得るのでしょう。

もう一つ、英語の「wonder」の対訳語としてよく当てられる日本語に「不思議」がありますね。語源的にはしっくりくるのですが、ずっと気になっていることがあります。それは「不思議」よりも「wonder」の語義の方が本来、幅広いのではないか、ということです。

まずは OED on CD-ROM で「wonder」を引いてみましょう。

【wonder, n.】
I. Something that causes astonishment.
1. a. A marvellous object; a marvel, prodigy.

 the seven wonders of the world (= L. septem mira, miracula, or spectacula),
 the seven monuments regarded as the most remarkable structures of ancient
 times;

b. Marvellous character or quality; wonderfulness; marvels collectively.

やはり「驚き(astonishment)」を引き起こさせる何か、というのが「wonder」の原義です。最初に「世界の七不思議」という有名なフレーズが出ていますね。世の中にはいろいろな七不思議が存在するようですが、元々は紀元前2世紀のギリシア人技師フィロンが書いた、次の7つを指すようです(語源的には「驚異」というよりも、ラテン語の「眺めるべきもの」から来ているみたいですが・・・)。

 1) バビロンの空中庭園
 2) メンフィスの3大ピラミッド
 3) オリンピアの巨大ゼウス像
 4) ロードス島の青銅巨人像
 5) バビロンの城壁
 6) エフェソスのアルテミス神殿
 7) ハリカルナッソスの霊廟

七不思議という言葉は、日本においても「本所の七不思議」などの怪奇話で昔から使われていました。明治期に海外から「the seven wonders of the world」が伝わった時、その訳語として当てられ、現在に至ったようです。

さて、OED の「wonder」の説明はさらにこう続きます。

c. (transf. from 7.) The object of astonishment (usually implying profound
 admiration) for a particular country, people, age, or the like.

 world's wonder: the Marvel of Peru. wonder of the world, the ginseng,
 Panax Shinseng (Treas. Bot. 1866).

 1591 Shakes. 1 Hen. VI, iv. vii. 48 Hack their bones assunder, Whose life was
 Englands glory, Gallia's wonder.

ここに「usually implying profound admiration」という positive な語義が明示されています。初出例は、1591年のシェークスピア『ヘンリー6世』となっています。かなり古くからのニュアンスだということがわかりますね。

一方、『広辞苑 第五版』で調べたところ、「不思議」の項の説明は、次の通りでした。ここでは「wonder」にあるような positive な語感は見られず、どちらかというと negative な語感が目立ちます。

【不思議】
 (不可思議の略)
 (1)よく考えても原因・理由がわからない、また、解釈がつかないこと。いぶかしい
  こと。あやしいこと。奇怪。方丈記「世の―をみること、ややたびたびになりぬ。」
  「―な話」「自然界の―をさぐる」
 (2)(「―を立つ」「―を打つ」の形で)あやしく思う。不審の念を持つ。西鶴諸国ばなし
  「―を立るもことわりなり」

【不可思議】
 (1)思いはかることもできず、言語でも表現できないこと。考えても奥底を知り得ない
  こと。「―な現象」
 (2)怪しいこと。異様なこと。ふしぎ。

ところで、「不思議」という言葉ですぐに思い浮かぶのが、『不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)』(1866)です。ご存じの通り、妙ちきりんでシュールな内容の物語ですので、この場合の「不思議」の使い方は(本来の意味合いにおいて)正当だと思われます。

ちなみに『・・・アリス』の本邦初の全訳タイトルは『愛ちゃんの夢物語』(1910年 丸山英観訳)だったとか。大胆不敵な意訳ですね。

その後、「wonderland」という言葉は一人歩きして、段々と柔らかいpositive なニュアンスへと転化していったのでしょうか。Merriam Webster's Unabridged Dictionary には次のように記されています。

wonderland
 1 : a fairylike imaginary realm
 2 : a place (as one containing extraordinary natural features) that excites
 admiration or wonder

そして、いま「不思議」という日本語にも positive な語感が存在するような気がするのです。それは明治期、「wonder」という英語に「不思議」という訳語を当てはめた時から、「wonder」の持つ positive なニュアンスがそのまま移入してきたのではないでしょうか。

う〜む。「不思議」と「wonder」の歴史的な関係・・・気になります。脚本家の三谷幸喜さんに尋ねたら「じゃあ、ずっと気にしててください」と言われるのでしょうか…やっぱり。〈from ネスカフェGブレンドCM〉
 
初出 2003.12.11(竹)
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