O.E.D.を引こう!
  当コラムは、『読んで得する翻訳情報マガジン』に掲載された記事原稿に加筆補正したものです。
   
英語になった日本語
 
少々古い話題になりますが、日経新聞(2002.1.17)の記事に、英語辞書の最高峰 Oxford English Dictionary(OED)のオンライン版に「karoshi(過労死)」という項目が掲載された、とありました。

「日本において働き過ぎが原因で心身ともに消耗して死に至ること」と定義。説明はさらに続き、「40代から50代の働き盛りの中間管理職らが過労死の犠牲になっている」「過労によって全身が蝕まれ、心臓疾患やぜんそくなどを引き起こして死ぬ」とあるそうです。加えて「(過労死で)自殺する人も多い」としています。

「過労死」というものが日本だけのことではないにせよ、英語圏にはそのような名詞は存在せず、日本語がそのままOEDの見出しに採用されたのは驚くべきことです。現代日本の、由々しき社会現象を表す一語が英語の歴史の一頁に刻まれたわけです。

では、このように英語になった日本語は、他にどんなものがあるのでしょうか。

日本語を語源に持つ英単語を一覧したい場合、CD-ROM版やオンライン版などの電子化された辞書が重宝します。用例や解説中の単語からの検索など、紙媒体では到底不可能な優れた検索手段を提供してくれます。ここでは手元の「OED on CD-ROM Ver.3.0」を使ってみます。

まず日本語がOED中でどのように表記されているか確認しましょう。TOP画面から HELP ボタンをクリック。右欄「Understanding the OED」の中の「Collation of language names」の項を見てみると、「Jap.」または「Japanese」という表記であることがわかります。

さあ検索です。SEARCH → ADVANCED SEARCH をクリック。全文検索画面で、SEARCH FOR "Jap?*" IN "etymology" と指定して、START SEARCH ボタンを押します。語源にJap 以下任意の文字列が続く単語を含む項目をワイルドカードで検索するわけです。

すると、合計460項目がリストアップされました(多少「Japheth」等のゴミも混じっています)。デフォルトではABC順に並んでいますが、LIST BY "ENTRY DATE" をクリックすると瞬時に初出年代順に並び替えられます。一番古いものから最新語まで適当にいくつかピックアップしてみましょう。

  Japan (1577)
  Kuge (公家 1577)
  bonze (坊主 1588)
  katana(刀 1613)
  matsuri(祭り 1727)
  Mikado(御門 1727)
  daimio(大名 1839)
  tycoon(大君 1857)
  ki-mon(鬼門 1871)
  jinrickisha(人力車 1874)
  fusuma(襖 1880)
  Kempeitai(憲兵隊 1947)
  tonarigumi(隣組 1947)
  mama-san(ママさん 1949)
  Zengakuren(全学連 1952)
  pachinko(パチンコ 1953)
  yakitori(焼き鳥 1962)
  gaijin(外人 1963)
  ninjya(忍者 1964)
  shunga(春画 1964)
  shunto(春闘 1967)
  itai-itai(イタイイタイ病 1969)
  teppan-yaki(鉄板焼き 1970)
  ramen(ラーメン 1972)
  karaoke(カラオケ 1979)
  Walkman(ウォークマン 1981)
  kaizen(改善 1985)
  tokkin(特金 1985)
  zaitech(財テク 1986)

どういう基準でこれらの日本語が採用されたのか興味深いですね。採録語の分野は多岐に渡っています。引用時期もそれぞれ異なり、その時代を色濃く反映しています。たとえば、1964年の「ninjya」からは当時の忍者ブームを読み取ることができますね。また、引用の初期からの綴りや発音の変遷なども記載されています。1940年代以降は、格闘技関係の語の採録が急激に増えているようです。

  ju-jitsu(柔術 1875)
  harai-goshi(払い腰 1941)
  O-soto-gari(大外刈り 1941)
  yoko-shiho-gatame(横四方固め 1941)
  dojo(道場 1942)
  tai-otoshi(体落とし 1950)
  Shihan(師範 1954)
  waza-ari(技あり 1954)
  ukemi(受け身 1956)
  ippon(一本 1957)
  makiwara(巻藁 1959)
  yokozuna(横綱 1966)
  nunchaku(ヌンチャク 1970)

OED初版(全12巻)は、1928年にジェームズ・マレー博士らが70年もの歳月を費やして完成させたものです(博士自身は1915年死去)。マレー博士ら2人の天才の苦闘と悲劇を描いてベストセラーになった“The Professor and The Madman”(邦訳『博士と狂人』早川書房1999年)にこの間の詳しい経緯が書かれています。その後、1989年に、追加分と合わせて第2版(全20巻)が出版されました。

今回、使用した「OED on CD-ROM Ver.3.0」(2002年刊行)は、第2版と補遺版全3巻に、新語を一部追加収録したものです。一方、OED Online は、第2版+補遺版全3巻の他に、第3版(未刊)に収録予定の新語や改訂された語が約1,000語づつ年4回追加され、上述の「過労死」や「弁当」など新しい項目が掲載されています。

ちなみに第3版の編纂は、1993年からスタートして2010年に完成の予定だそうです。3,400万ポンド(約60億円)の費用をかけて全面的な改訂を行う一大プロジェクト。編纂主幹のジョン・シンプソン氏によると、日本語から生まれた新語も、わかっているだけで650語程追加収録されるとか。世相を反映して、どんな言葉が集まるか楽しみですね。otaku や hikikomori 、batsuichi などは既に入っているのでしょうか?

ところで、実は、我らが『斎藤和英』には斎藤秀三郎自ら考案した、まったく新しい英単語が収録されているのです。流石は英文法の祖!

ばんめ〔番目〕
 何番目 What number?―How manieth?
 [注意]これは“twentieth,”“thirtieth”にならえる新造語にて英語唯一の欠乏を
 補うもの、未だ辞典の認むところにあらざればこれを用いるも用いざるも随意なり。

この「manieth」という新造語は、さすがに天下のOEDにも未収録でした。マレー博士もビックリですね。
 
初出 2002.9.17(竹)
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