![]() 当コラムは、『読んで得する翻訳情報マガジン』に掲載された記事原稿に加筆補正したものです。 |
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| ■ 正直 | |||||||||
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鈴木ムネオ議員に対する国会の証人喚問中継を見ていたら、そう言えばかつて昭和の時代にも「一切記憶にございません」と連発していたオジさんがいたなあと不思議なデジャビュ感に襲われました。時代が変われども、人間は何ひとつ成長していないようです。私利私欲への飽くなき情熱。公人として、あまりにも正直さに欠けているのではないでしょうか。 「正直」は元々百姓ことばだったそうです。明治後、honesty という言葉が入ってきた時、ぴったりの対訳語として「正直」が生かされました。欧米思想に接することで大いに格の上がった言葉といわれます。ちなみに、やはり明治後に広く普及した言葉に「友情」がありますが、こちらは外来語の対訳として成立した日本語なんだそうです。 では、さっそく斎藤和英で「正直」を引いてみましょう。 しょうじき〔正直〕〈名〉 (不正なことをせぬ正直)honesty:(偽りを言わぬ正直)truthfulness; veracity:(=な) honest; truthful; veracious ◆性根が正直だ He is made of true metal. ◆正直に損無し “Honesty is the best policy.” ◆子どもは正直だ “Children and fools speak the truth.” ◆人は正直に付き合え Deal honestly with all men! ◆お互いに正直に付き合おうじゃないか Let us be honest with each other! ◆正直の頭に神宿る God dwells in an honest heart. 「正直」はセイチョク(漢音)とよめば漢語になって、語感や意味が多少違ってきます。 せいちょく〔正直〕〈名〉 Rectitude:(=なる) upright; honest ◆彼は正直だから人に尊敬せられる He is respected owing to his rectitude―His rectitude makes him respected. 司馬遼太郎さんがエッセイ『風塵抄』の中で興味深い考察をされています。歴史上、商売が「信」というモラルを生み、「正直」という美徳が広まったのではないかというものです。江戸期における「正直」は、為政者よりもむしろ商人や職人など庶民の徳目であり、高度な商品経済の発展の中で大きく成長していったそうです。 そして明治22年、日本はついに立憲国家になるわけですが、立憲というのは、国家機関や政治家が正直であることを基礎としており、実際「日露戦争終了までの明治期の為政者の正直度は、相当な高さだった」そうです。 そうそう。そう言えば、斎藤和英の中にもこんな例文がありました。 わいろ〔賄賂〕 ◆日本の官吏は賄賂が利かぬ Japanese officials are proof against corruption―above corruption―incorruptible―clean-handed. 今や滑稽でナンセンスなセンテンスに思えてしまうのが、残念です。段々と黄昏れてきた今日の日本の高度経済社会にあっては、皮肉なことに、90年前のアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』(1911)の内容が、より世相にマッチし、リアリティを感じさせてくれるようです。我が国も欧米の退廃にまで追いついたといったところでしょうか!?ちなみに『悪魔の辞典』を繙くと、田中マキコさんの引用で有名な「伏魔殿」は、次のように説明されていました。 PANDEMONIUM, |
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| 初出 2002.3.20 (竹) | |||||||||
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