翻訳とは何か―職業としての翻訳』より著者序文

はじめに 真夜中の電子メールとアマゾンの蝶々
 仕事の必要に迫られて、英語で書かれた本を買うことが少なくない。以前なら洋書を扱う国内の書店に注文したが、いまではインターネットで海外の書店に直接注文できる。ほんの数日で届くこともあるので、以前とは比較にならないほど早く本を入手できるようになった。それにサービスも良い、と思っていた。
 なぜ、サービスが良いと思ったかというと、本を発注するとすぐに電子メールで返事がきて、いつごろ届くかを教えてくれるからだ。なにしろ、向こうが真夜中のはずの時間に発注しても、すぐに返事をくれる。なんとサービスが良いのだろうと感激していたが、あるとき、はっと気づいた。発注してから返事がくるまでの時間が短すぎるのだ。ごく普通の電子メールのような文章になっているので、当初はそうは思わなかったが、機械的に返事を送る仕組みになっているに違いない。真夜中だろうが感謝祭の休日だろうがクリスマスだろうが返事を書いているのは、人間ではなく、コンピューターに違いない。
 おなじような経験は、他にもいくつかある。たとえば、電子メールを書いて、相手のアドレスを打ち込み、送信すると、瞬時にして奇妙な返事がくることがある。英語で書かれた返事を読むと、要するに、アドレスに間違いがあって相手に届けられないとある。国内から国内に送ったメールなのに、なぜ、英語で書かれているのか不思議な気がするが、これも、コンピューターが機械的に書いて送ってくるものだと考えれば、それほど腹はたたない。
 レターといえば、黄色のリーガル・ペーパーに手書きで原稿を書き、秘書ががちゃがちゃと音をたててタイプし、上司がサインをし、秘書がコピーを取り、封筒に住所をタイプし、切手をはって出すものだと思っていたが、そんな時代は過ぎ去ったようだ。いまでは、コンピューターが電子メールを瞬時に書き、瞬時に発信して、技術に疎い素人を感激させるぐらいの芸当をしてのける。
 コンピューターが書いたに違いない電子メールを読んでいると、一九八〇年代半ばを思い出す。当時、機械翻訳がブームになっていた。五年もすれば機械翻訳が実用化し、翻訳者の大部分は失業すると騒がれていた。だから、翻訳者が集まると、機械翻訳が話題になることが多かった。たいていは、機械翻訳でいかに馬鹿げた訳文ができるかという話になって、時代の流れに取り残される運命にある人たちが虚勢をはって憂さを晴らしているような雰囲気になった。そのなかで、ある翻訳者が変わったことを言いだした。コンピューター化が進むとすれば、翻訳よりも文書作成の方が早いはずだというのだ。
 この翻訳者は、パソコン用ソフトウェアのマニュアルの翻訳を専門にしていた。当時のパソコンはまだ初歩的なものだったので、ソフトも初歩的であり、当然ながら、マニュアルもじつに単調なものだった。これこれのことをするには、まずなんとかのキイを押して、つぎになんとかのキイを押し……、という調子の文章が延々と続く。似たような文章が繰り返しでてくるので、翻訳の枚数をかせぐにはうってつけだ。一日仕事をすれば何十枚かが仕上がり、一週間も働けば一か月分の生活費が十分に入ってくる。なんと単調な仕事なのか、こんな仕事をさせるためにおまえを苦労して育てたのではないと両親が怒りださないだろうかとも思うが、よくよくみると、原文はそれほど単調ではない。なにしろ、人間が書いているわけだから、似たようなことを繰り返し書いているようにみえて、表現が少しずつ違っている。訳文も、似たような文章を繰り返し書いているようで、やはり、少しずつ表現が違っている。でも、これに気づくのは翻訳者だけで、読者からみれば、つまりソフトのユーザーからみれば、まったくおなじ表現が繰り返しでてきても、とくに問題はないのではないかと思える。
 そう考えると、マニュアルの執筆は機械化できるのではないだろうか。マニュアルを作成するとき、コンピューターで二つのソフトウェアを同時に動かす。一つはもちろん、マニュアルの対象になるソフトである。もう一つは、ソフトの動きを追っていき、マニュアルを自動的に書くソフトだ。たとえば、ソフトを立ち上げるときにどのようなキイ操作をしているか、その結果、画面がどう変わるかを追っていき、それを文章として表現できるソフトである。こういうソフトを作れば、マニュアルの執筆は自動化できるはずだ。 ほんとうにそういうソフトウェアができるのかどうか、その場にいたのは翻訳者だけであり、技術者はいなかったので、結論はでなかった。しかし、機械翻訳よりも文書作成の自動化の方が簡単だという主張は、翻訳で毎日苦労している者にとって説得力があった。なぜそういえるかというと、翻訳は対象を制御できないが、文書作成なら対象を制御できるからだというのだ。
 翻訳の場合、原文を書くのは人間だから、当時のパソコン・ソフトのマニュアルのようにまったく単調にみえる文章でも、どんな語や表現が使われるかはわからないし、どのような意味で使われるかもわからない。もう少し違った性格の文章であれば、たとえば景気の動向を論じる文章に、野球やサッカー、ワインや映画の話が出てこないともかぎらないし、聖書やシェイクスピアが何気なく引用されていないともかぎらない。なにを書くかは原文の書き手の自由なのだ。翻訳者はいつも、なにが飛び出してくるかわからない状況におかれて、仕事をしている。つまり翻訳では、対象を制御できない。
 これに対して自分が書くのであれば、なにについて書くのか、なにを書くのか、どういう言葉や表現や文体を使うのか、すべて自分で決められる。自分が知っている範囲のこと、調べた範囲のこと、わかった範囲のことを、自分が使いこなせる範囲の語彙と表現で書けばいい。文書作成なら、対象を制御できるのだ。
 本を発注すると、コンピューターが返事を書いてくる。送られてきた電子メールを眺めていると、文書作成の自動化ならそれほど難しくないはずだという意見は正しかったと思う。そして、文書作成なら対象を制御できるという意見も正しかったと思う。送られてきた電子メールはまさに、対象を制御した結果だからだ。買いたい本は、こちらが指定するのではなく、書店が用意している大量のリストのなかから選ぶ。本の送り先、支払いの方法などもすべて、書店が指定した書式で、指定したところに入力しなければならない仕組みになっている。だから、コンピューターの側からみれば、必要な情報が間違えようがない形で入ってくる。ここまで対象を制御できていれば、電子メールを瞬時に書き、瞬時に発信して、技術に疎い素人を感激させるぐらいのことは、いまのコンピューターなら簡単にできる。
 文書作成なら自動化できるはずだと主張した翻訳者は、もうひとつ、こうも語った。文書作成の部分が自動化されれば、それを自動的に翻訳することもできるはずだと。つまり、この場合なら翻訳の対象が制御できているので、翻訳も自動化できるというのだ。たぶん、どこか目につかない部分で、このような形の自動翻訳もすでに実用化しているのではないだろうか。たとえば、コンピューターが書いた電子メールに「日本語」というボタンがついていて、それをクリックすると自動的に日本語になる。そういう仕組みである。厳密にいうなら、これは翻訳とは性格が違う。おなじ内容の文書を、英語と日本語の両方で準備しておくだけだからだ。しかし、読者の立場からは、翻訳と変わらない役割を果たしてくれる。そう考えれば、長年の夢であった機械翻訳が、機械翻訳研究者なら憮然とするような形で、ようやく実用になる時代がきたといえるかもしれない。
 思い起こしてみれば、一九八〇年代の機械翻訳ブームも、まともな機械翻訳研究者なら憮然としたはずの始まり方であった。無名のベンチャー企業が、機械翻訳ソフトを開発したと発表したことが始まりだった。そのソフトは実用には程遠いものだったのだが、それでも、機械翻訳ソフトの開発を続けてきた大手コンピューター・メーカー各社も、自社のソフトを発表せざるをえなくなった。こうして、各社がつぎつぎに機械翻訳ソフトを発売して一大ブームが起こったのだが、実用にはまだ程遠いソフトをやむを得ず発売することになって、機械翻訳研究者は悔しかったはずである。
 実用に程遠かったとはいえ、一九八〇年代に機械翻訳の研究がさかんに進められていたのはなぜなのか。コンピューターのハードとソフトが進歩したからだというのが、すぐに頭に浮かぶ答えだろう。たしかに、技術の進歩は大きかった。七〇年代には、コンピューターは記憶容量と処理能力に限界があって、漢字すらろくに扱えなかったのだから。その後、日本語ワープロが開発されて、ようやく、コンピューターが漢字を扱えるようになった。
 しかし、コンピューターのハードウェアとソフトウェアが進歩したから一九八〇年代に機械翻訳の研究がさかんに進められたと考えるのは、ある意味では間違っている。機械翻訳研究の歴史は、一九四〇年代半ばにまで遡るからだ。今になっては考えにくいかもしれないが、世界ではじめてのコンピューターができた直後、研究者が考えていた用途として、気象の制御と管理と並んで、翻訳が重要な位置を占めていた。気象の制御と翻訳が、コンピューターの用途として重視されていたのである。
 なぜ、気象の制御と翻訳なのかと思うかもしれないが、コンピューター開発の背景を考えてみれば、これはそれほど意外ではない。コンピューターは戦争中に、アメリカやイギリスで軍の資金で開発が進められた。戦争中、学者が活躍した場が兵器開発以外にいくつかあったが、そのひとつが天気予報であった。気象は作戦の成否に大きな影響を与えるので、天気予報は軍にとってきわめて重要な仕事だ。そして、気象というのはしょせんは物理現象だから、大量の数式をすばやく解くことができれば、完璧に予想でき、さらには制御もできると考えられたのである。もう一つの活躍の場に暗号解読があった。戦争中、アメリカやイギリスの数学者は大量の計算をすばやく行い、そのための計算機まで開発して、敵の暗号を解いていった。暗号が解けるのだから、外国語を暗号の一種だと考えれば翻訳もできるはずだと、当時は考えられていた。辞書があり、文法規則がわかっているのだから、翻訳はできると考えられていた。
 コンピューターで気象を完璧に予想し、さらには制御するという夢がその後どうなったかは、たとえば、ジェイムズ・グリック著『カオス』(大貫昌子訳、新潮文庫)に描かれている。気象のモデル化に取り組んでいた研究者が、いわゆる「バタフライ効果」を発見した。近代に誕生した科学は、初期条件の近似値がわかり、法則がわかっていれば、その後のふるまいはほぼ正確に予想できると想定している。たとえば、皆既日食がいつ起こるのかを予想するとき、どこかの国が月にロケットを飛ばすことまでは考えなくてもいい。ロケットを飛ばせば、地球の質量がほんのわずか減ることになるが、それでも、太陽と地球と月の動きに与える影響は無視できるほどだと考えられている。そして、この想定に無理がないこともわかっている。皆既日食は確実に予想できる。地球の裏側で皆既日食が起こると予想されると、この予想が外れることはありえないと受け止められる。予想ではなく、動かしがたい事実だとすら受け止められる。だから、大金を投じて皆既日食ツァーに参加する人が少なくない。ところが気象はこのようにはならない。初期条件がわずかに変わっただけで、結果に大きな違いができ、たとえば、アマゾンで蝶々が羽を動かしてできた風で、翌月に東京を襲う台風の動きが変わるというのだ。このため、気象は予測できない。大金を払って皆既日食を見にいったのに、肝心のときに大雨が降っていたりする。このような気象の性格から、一見無秩序とみえる非周期的な系のなかに秩序をみいだすカオス理論という新しい科学がはじまったという。
 機械翻訳は、一九四〇年代半ばにコンピューターが開発された当初から重要な用途になると考えられていたほど由緒正しいものだが、ここからカオス理論に匹敵するような新しい理論が生まれたのかどうかは、よくわからない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。翻訳が簡単ではない点が理解されるようになったのである。暗号解読ほど簡単ではないことはすぐに明らかになった。そして、辞書があり、文法規則がわかればできるほど簡単ではないこともわかった。
 翻訳とは、辞書と文法規則の組み合わせでできるほど簡単なものではない。この点だけは、半世紀におよぶ機械翻訳の研究によって理解されるようになってきた。今では、研究者が機械翻訳に取り組むのは、簡単にできそうだからではない。コンピューターが自然言語を理解できるようにすることは、少なくとも今の世代のコンピューターでは見果てぬ夢ともいえるほど遠い夢だが、遠い夢だからこそ、それに挑戦しようとする研究者がいるのである。
 そして、現実の世界では、翻訳よりも文書作成の方が機械化が進んでいるといえる状況になっている。もちろん、どんな状況でも使える万能のメール作成ソフトとか、何党でも使える選挙公約作成ソフトとかが販売されているわけではない。文書作成の自動化は、目立たぬところで進められているだけあり、コスト節減を実現できた経営者とソフト開発で儲かった人たち以外には、ほとんど注目されることもない。しかし、ごく限られた範囲でとはいえ、まさか機械が書いたとは思えない電子メールをコンピューターが生成している一方で、機械翻訳ソフトがいまだに笑い話のタネになるような訳文を生成しているのをみるなら、対象を制御できる文書作成にくらべて、対象を制御できない翻訳がいかに難しいかがわかるような気がする。
 もちろん、翻訳は日本語での書き下ろしより難しいといえば、たいていの人は常識外れの暴論だと思うだろう。たしかに、執筆には翻訳より難しい面がいくつもある。しかし、翻訳の質を高めようと努力している翻訳者なら、逆の面もあることに気づいている。翻訳には、書き下ろしよりはるかに難しい面があるのだ。翻訳には、対象を制御できないという性格があるからだ。
 翻訳にはこのように、常識ではなかなか理解できない面がある。本書はこうした面を中心に、「職業としての翻訳」について考えていきたい。 一九八〇年代まで、翻訳をテーマにする本が書かれることは少なかった。大きな書店に行っても、当時の経済状況を背景にして技術系の日英翻訳を扱った本が何冊かあり、なぜか人気のある誤訳指摘本が何冊かあったが、それ以外には、翻訳に関する本はほとんど見当たらなかった。ごくまれに見つかるのは、プロ向けに翻訳の理論や技術を論じた難解な本だけであった。翻訳者は物を書くことにはなれているはずだが、翻訳について、ましてや自分について、語ろうとはしなかった。
 一九九〇年代に翻訳をめぐる状況は一変したともいえる。大きな書店には翻訳に関する本のコーナーができ、数十点からときには百点を超える本が並んでいる。九〇年代になぜか翻訳教育産業が成長し、翻訳学習者が急増して、新たな市場が生まれた。この市場を対象にした入門書が毎月何点となく出版されるようになったからだ。
 これらの本は、読みやすく、わかりやすく、親切なことを特徴としている。豊富な実例で翻訳のノウハウを教える本、出版翻訳家への道を懇切丁寧に教える本、実績のある翻訳家が失敗談や成功談を書いた本などが多い。少しばかり努力し、少しばかり幸運があれば、だれでも翻訳家になれるというのが、これらの本の伝えるメッセージのようだ。翻訳を職業だなどと堅く考えることはない、もっと気軽に副業として、あるいは趣味のひとつとして、翻訳に取り組めばいいとすすめているようだ。
 これらの本が読みやすく、わかりやすく、親切なことを特徴としているのには、もちろん理由がある。翻訳教育産業も産業である以上、市場を広げていかなければならない。市場を広げるには、下に広げるのがもっとも簡単な方法である。翻訳という仕事は本の虫にしかできないもののはずだが、不思議なことに、本をあまり読まない層にまで学習者を広げようと努力しているのである。
 本書はこれらの本とは違って、読みやすくもわかりやすくもないかもしれない。わざわざむずかしく書こうとしたわけではないが、豊富な実例や簡単なノウハウや失敗談や成功談を売り物にしようとはしていない。一生をかけた職業として翻訳に真剣に取り組んでいる人たち、これから取り組もうとしている人たち、読者の立場で翻訳に興味をもつ人たちが深く考える際のヒントになればと願って書いたものである。
 第1章では、翻訳とは何かをテーマに、常識ではなかなか理解できない翻訳の性格を論じていく。翻訳という言葉で一般に考えられているのは、原文の表面を伝えようとするものである。現在では、これとは大きく性格が違う翻訳、つまり、原文の内容を日本語で伝えようとするものが主流になっている。第2章では、翻訳とは何かを別の角度から考えるために、翻訳に一生をかけ、ときによっては命をかけた先達を紹介していく。また、村田蔵六の足跡から、翻訳という仕事のもつ恐ろしいまでの力を考えていく。第3章では、翻訳の技術について考える。翻訳には細かなノウハウがあるが、それを使いこなすには、もっと基本的なところで考え方をしっかりさせておく必要がある。第4章では翻訳の市場の概要を紹介する。翻訳の需要と供給、価格などの動向、隙間産業としての翻訳などを論じる。第5章では、翻訳学習と翻訳教育の奇妙な現状をとりあげる。翻訳者への道は、入門書などに書かれているものとはまったく違ったところにある。第6章では職業としての翻訳に取り組もうとするときにぶつかる問題と、心構えなどについて考えていく。
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