山岡洋一自著を語る―“後書きに代えて”
| 後書きに代えて |
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| 職業としての翻訳をテーマとする本を書いてみたいと考えるようになったのは、もう十年以上も前のことだ。そう考えたのは当時、翻訳書は毎日何点も出版されているのに、翻訳をテーマにする本はほとんどなかったからである。 |
| いまでは、大きな書店に行けば翻訳をテーマにする本が何冊も並んでいる。状況は一見、様変わりしているわけだが、そのほとんどは「あなたも翻訳家になれる」式の「やさしく、分かりやすい」本、言い換えれば、内容が薄い本だと思えてならない。類書がいくらでもあると思えるなかであえて本書を書いたのは、翻訳という職業、翻訳者という生き方を扱った本格的な本はまだないと思うからだ。 |
| 翻訳は地味な仕事だ。縁の下を這いずりまわり、ない力を振り絞っているのが翻訳者だ。だが、その役割は決して小さくはない。外国のすぐれた文化、知識、情報を日本人が日本語で吸収できるようにするのが翻訳の役割である。それによって、明日の日本文化を支える基盤を築く一助になるのが翻訳である。 |
| このような重要な役割を担っている点を考えれば、翻訳とは何か、翻訳とはどういう職業かについての真剣な議論がほとんどないのは残念なことだ。翻訳が気楽な副業、気楽な内職になるかのような話ばかりが目につくのは悲しいことだ。翻訳という仕事を軽く見る傾向が、翻訳の学習者や翻訳教育関係者、翻訳書の読者、そして一部の編集者や翻訳者にまであるのは心痛むことだ。 |
| 翻訳を職業としている者にとって心外だというにとどまらないかもしれない。明日の日本文化を支える基盤を築く一助になるのが翻訳である。その翻訳を軽視する傾向が強まり、翻訳の質が低下していけば、日本文化の質にもいずれ影響が及ぶ可能性がある。ボディブローのように徐々にではあるが、日本文化の足腰を弱めていくことになりかねない。 |
| 本書を書いたのは、以上のように考えたからである。一生をかけた職業として翻訳に真剣に取り組んでいる人たち、これから取り組もうとしている人たち、編集者や発注者として翻訳に関与している人たち、読者の立場で翻訳に興味をもつ人たちが翻訳について深く考える際に、わずかでもヒントになればと願っている。 |
| 山岡 洋一 |
※この“後書きに代えて”は、本著未収録です。 「翻訳とは何か」案内に戻る