異 文 化 の 窓
三谷康之
「窓」は、その歴史を顧みる時、本来の機能である「採光」と「換気」の効率という問題のみならず、デザインという美的観点からの配慮もなされつつ、その目的が追い求められてきたといえる。
しかしながら、それがやがては人間の心の領域とも深く関わるような存在になるであろうとは、当初においては、誰しも想像すらなし得ぬことであったに相違ない。つまり、窓の発達の過程の中で、人はいつの間にやら、希望と期待に朝の窓を開け、失意と絶望のうちに夕べの窓を閉めたりするようになったのである。
それは、童話や小説あるいは映画の中の主人公たちの場合も同じで、さまざまな人物たちが、それぞれにさまざまな思いを秘めて、さまざまな窓に触れてきている。彼らも、あるいは彼女たちも、喜びに開け、悲しみに閉め、怒りを以て手に掛け、あるは苛酷な運命に忍んでたたずみ、またあるは平穏な日々の暮らしの中に寄り添ってきたのである。
本事典は、イギリスの文学および文化の理解に必要不可欠である広範な背景的知識としての「西洋建築」の中から、「窓」を取り上げ、建築・歴史・文化の観点から詳細な記述を試みたものである。窓は多種多様に分かれ、その周辺用語は多岐にわたる。それがさまざまな形で文学作品に登場するが、英和辞典は元より英々辞典にさえ掲載されていないものが少なくないのが実情である。
例えば、'blind window' ないしは 'bogus window' がそのひとつである。あるいは、'bull'e-eye glass window' ないしは 'bottle-glass window' なども見出し語としては 取り扱われていない。前者は 'blind' や 'bogus' の形容詞から、後者は 'bull's-eye' や 'bottle-glass' の意味から、それぞれ窓の形状を推量してみたところで、まさに「隔靴掻痒」の感を覚えるだけであろう。'chimney window' ないしは 'fire window' などとくると、'chimney' や 'fire' のみの手がかりでは、むしろ見当違いの窓を想像しかねない。
しかもまた、そのような窓用語の単なる語義の問題だけにとどまることでもない。具体的に概略すると、'diamond-lead-paned window' ないしは 'window with leaded quarrels' の表現は、さまざまなヴァリエーションで文学に描かれる窓だが、これはガラス入り の窓とガラスの製造技術の発達過程との関わりを、歴史の中に理解する必要がある。あるいは、'high window' ないしは 'long window' ないしは 'tall window' は、これまた、詩や小説に頻繁に用いられるにも拘らず、翻訳の際には往々にして誤訳を招来しがちな窓のひとつで、それは和洋の家屋の基本構造が全く異なる基盤に立つことに起因するものと考えられるのである。
そこで、イギリス建築の窓について、建築学的意義に触れつつその文化史を詳説し、それに数多くの写真 やイラストを添えた上で、詩・童謡・童話・小説・戯曲・エッセイ・紀行文など実際の文学作品からの引用を示した事辞典の執筆となったものである。
取り上げた窓の「種類」の数は40を越え、その「名称」の数では330近くに達し、その中には一般住宅のみならず、教会建築の窓も含まれる。窓と関わる「周辺用語」の数は360余りに及ぶ。
「補遺」として、「部屋の間取りと窓の関係」、あるいは、寝室の窓は冬でも敢えて開けたままで就寝するとか、何かの掲示案内は窓に出されるとか、あるいは窓拭き屋という職業その他の「窓に関わる習慣」、および、隙間風の吹き込む窓とか、葉の懸かる窓など、「窓にまつわる表現」を扱った。併せて、「窓の発達の歴史」と、17世紀末以来実に150年以上にもわたって課せられつづけた「窓税」--窓は税金の対象でもあった--についても記述した。
異文化の解説では、どうしても「百聞は一見に如かず」という面があるため、330点の写真・図版を掲載した。
引用した文学作品などの著者は93人、その作品数は延べで423編。
古典的「映画」の中に重要な意味を担って登場している窓のシーンについても、簡単な紹介を付した。ただし、それは主としてイギリスを背景舞台とする作品(延べ34作)に限定した。
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