安井康二様
普通のサラリーマンをしながら、アルバイトとして産業翻訳に40年以上かかわってきた。今でも新入社員の英語の勉強会に携わっている。この本に出会うまでは、翻訳は職人の技と同じで、「曰く言い難し」、「職人の技は盗め」、「添削を参考にする以外、上達はない」と思い込んでいた。こんなに素晴らしい普遍的な原理・技法があるとは、夢にも気が付かなかった。
特に感銘を受けた技法としては、冗長を避ける「省略の秘訣(第2章)」、意訳はどこまで許されるのか「日英語間の往復通行(第11章)」、語訳防止の「誤訳の発見と予防(第13章)」などである。とくに「日英語間の往復通行」の章は、教えられるところが多い。分かりやすい翻訳は、日本人の習慣で表現するのが一番ではないか、と従来考え違いをしていたので、「翻訳は日本化にあらず」という戒めは、身にこたえた。
もっと早くこの原理・技法に出会っていたら、誤訳が少ない正確な訳文が提供でき、人にも「どうしてこう訳せるのかと言った勘所を」分かりやすく説明できたのにと残念でならない。これからは、本書の原理・技法をさらに吸収するとともに、新入社員にも薦め、残された翻訳活動に励みたいと願っている。
落合俊之様
中村保男氏が書いた本では、以前から「英和翻訳表現辞典」「続・英和翻訳表現辞典」を使用しており、今でも時々お世話になっている。本書でも品詞や態の転換などについて具体的な解説があるが、本書の眼目はそういった具体的な指摘よりも、「全体感覚」や「不即不離」などといった言葉にあると思う。
しかし実を言うと、私が最も印象に残った部分は、「基本は単語力」という下りだった。著者は、翻訳の第一歩である原文解読の中でも、構文解析よりまずは単語力、と説く。翻って自分はどうか。今や常用する辞書のほとんどはパソコンに格納し、わからない単語があれば複数の辞書を同時に簡単に検索できる。勢い、単語力を軽視しがちで、調べた単語の意味や綴りも記憶に残らないようになっていることに気が付いた。もう、基本中の基本がおろそかになっていたのである。
「英和翻訳の原理・技法」という題がついた本で一番印象に残ったのが結局は単語力の強化とは我ながら情けなく、また著者や本書をプレゼントしてくれた出版社にもさぞがっかりされそう(怒られそう?)だが、最近、仕事の忙しさを言い訳に怠りがちであった勉強への意欲を掻き立ててくれ、さらには翻訳に向かう姿勢をも見直すきっかけを与えてくれたことに感謝したい。
廣江昭彦様
翻訳に興味を持ち始めたばかりの私が、翻訳の技法について書かれた本を手にするのはこれが初めてだった。従って、他の類似の本との比較の上で本書の感想を書くことが出来ないことを先ずはお許し願いたい。
翻訳の技法などと書かれた本は、どうせ英文法の本に毛が生えた程度の物だろうという先入観しか無かった私は、帰りの通勤電車の中でこの本を開いた。
序文に福田恒存氏の名前を見つける。懐かしい名前だ。昔日本語の乱れを大変嘆かれていた人の一人だ。和語と言う言葉を見つける。福田氏も大和言葉の好きな人であった。
"翻訳とは何か"に始まって、第一部英和翻訳技法。"総論"、"省略の秘訣"、"補充訳"と読み進んだ私は次の章を見て驚いた。"頭から訳す技法"とある。曰く"英米の読者でも、この英文を頭から読み下していくのだから、結局は尻上がり式の順序で読むことになる"、曰く"、、、この場合も文脈であり、平衡感覚である"と。なるほど。
これに続くのが"構文を変える"、"態の転換"、"品詞転換"である。文法書に毛が生えた本という私の先入観は完全に何処かへ消えていた。
ひどく感心している私を尻目に洒落や比喩の翻訳迄出てくる。
私にとって耳が痛かったのは、"国語力と英語力"と題された一章だった。この章はほんの数頁とはいえ、殆ど英語が出てこない。翻訳を志す人間は日本語を大事にしなくてはいけないこと、そしてそれが今如何に軽視されているかについて書かれている。私は、文芸翻訳などと言う柄ではないが、分野を問わず翻訳と言う仕事は言葉を相手にした商売なのだと言うことを改めて思い出させてくれた。
この本を通じて私が感じたのは、書評にも有るが、筆者の言葉特に日本語に対するこだわりであり愛情だった。
もし、私が無事翻訳の道に足を踏み出すことが出来たなら、何年かしてあらためてこの本を手にしてみたい、そう思った。その時にはきっと又違った顔を見せてくれる、そんな本だと思った。
占部やよい様
まず、何よりも読んで面白いというのが感想です。本書の例文に適切な訳をつける過程が、どのように考えていけばよいのか具体的に示されていてとてもわかりやすく、特に補充訳のところが参考になりました。
どこをとっても思い当たる節だらけで自らの試行錯誤と重なります。中村先生の洗練された文書に追いつくのは無理でも、素直に丁寧に訳していきさえすれば、誤訳は避けられるのだと、勇気付けられた気がします。
松本裕吉様
私は産業翻訳の仕事に携わっているが、中村保男先生の『英和翻訳表現辞典』の正と続には、ときどきお世話になる。文芸的な表現に出会うこともあるし、訳語の選定につまずいたときには、意外と文芸翻訳の資料も役立つことがある。
『英和翻訳の原理・技法』もベースは文芸翻訳だが、産業翻訳にも活かせる内容だ。特に面白かったのは「頭から訳す技法」の実演。
英文は、基本的に頭から訳せばいいということは知っているが、「補充訳」と組み合わせて、その手法が実践的に解説されているのはありがたい。さらに、頭からは訳せない英文が存在することもきちんと紹介されている。翻訳者には、頭から訳すべきかどうかの、柔軟かつ迅速な判断が要求される。
産業翻訳者にとってのもう1つの目玉は、「誤訳の発見と予防」の章。ここでは「挟み打ち戦法」が登場する。英文に対して、構文解析と文脈の2つの手法を交互に使って攻めていく方法だ。自分でも無意識のうちにこの戦法を使っていたが、こうして明文化されると、はっきり意識した上で作業できそうだ。
著者によれば、翻訳の出発点は直訳文であり、それを「和文和訳」することで決定訳に近づくという。私も同感だ。その際に役立つ、角川の類語辞典の使用例も面白かった。夕暮れ時の景色を表現するための、適切な日本語の検索例が紹介されている。
小畑史哉様
実際の翻訳作業に役立つと思われる技法がコンパクトにまとめられており、また英和翻訳に対する基本的な心がけについても触れられています。特に翻訳作業における「いわゆる直訳→中間訳→こなれた決定訳」という著者の主張は、将来翻訳を仕事としたい初学者にも受け入れやすい考えではないでしょうか。翻訳という仕事についてはセンスの有無が言及されることがままありますが、その前にやるべきことは多くあるということを行間から読みとることができます。細かなテクニカルな部分は別として、翻訳学習においては『一定期間の集中学習を実行することが何よりも確実な道である』という著者の主張は大いにうなずけます。取りあげられている例文は文芸分野のものですが、産業翻訳者にとっても得るところはあると思います。本書は通読するというよりは、手元において折りをみてつまみ読むという使い方が適しているかもしれません。特に日々の仕事に追われているような翻訳者にとっては、ときに基本に立ち返らせてくれるような指摘の数々は有用だと思います。
小薗井薫様
当初は、もっと実務向きの技法の書であるかと思っていたが、それよりもっと基本の、「翻訳に関する姿勢」というような次元の知見が多数みられて、予想していたことに対する裏付けの理論に加えて、別の次元での教えを受けた。
1.「前から訳す」、「和文和訳」等の考え方は、よく言われていることであるが、「nativeは、同じことを前から順序よく読んで、ピリオドに達したときにその文章の内容を理解しているのだから、和文でもそれが表現できるはずである」と常々思っていたが、本書を読んでますますそのことを痛感した。
和文にしてから和文和訳しても、それができるというのも、おもしろい考え方であると思う。
2.1つすぐにも、他人に勧めたいことは、「音読しながら訳せ」ということであり、語学は音楽であると常々思っているので、全くこの考え方には意を強くした。
3.国語力と英語力は、同じことであるという論も、その通りであると思う。多くの翻訳志望者が、英語は母国に長期間滞在し、TOEICは930点で、というようなことを言う人がいるが、そういう人には「では、あなたは日本語には自信がありますか。たくさん読書をしましたか?」」と聞くことにしている。
急いで読んだので、まだまだ紙背に徹するまで読み込んではいないが、何回も座右に置いて読むべき本であろうと思う。
佐藤朗様
自分は、実務翻訳を生業にしているので、マニュアルに類したものを訳すことが多いが、目指す境地が「不即不離」であることは文芸翻訳と変わらないと考えている。つまり、例えば英文を和訳するときなら、「この英文と同じ内容を日本人の著者が書くように訳す」ということであるが、これはeasier
said than doneだ。それができれば、すでにして翻訳の達人・名人の域だ。本書は、その翻訳の神々が遊ぶシャングリラへのガイドブックである。翻訳の仕事をしていて調子が悪いとき、この『英和翻訳の原理・技法』を読めば、自分に不足しているものとそれを補うためにどんな努力をすればよいかがわかるだろう。「調子が良い」と感じているときには、自分の訳文が本当に翻訳として優れているのか、調子に乗った独り善がりなのかを判断できる。また、本当の意味で調子が良いときに読めばさらにレベルアップするための努力点を見出せるはずだ。
ところどころ、日本語の特殊性を強調しすぎているきらいはあるものの、それは著者が日本語を愛するあまりなのだろう(124ページの第2段落など)。すでに翻訳者であれば「奥義」を極めることを目指して、また翻訳者志望であればプロの土俵に上るための条件を知るために、本書を熟読玩味する必要がある。1冊の本としては値が張ると思われるかも知れないが、本書を座右に置けばプロ中のプロの技と経験をいつでも何度でも好きなだけ学べるのである。この程度の投資が惜しいと思うなら、翻訳業は向いていない。
本書から考え方を学んだら、ぜひ『英和翻訳表現辞典』で披露されている技の冴えにも感動すべきだ。本書で明らかになっている著者の哲学を知ることで『英和翻訳表現辞典』が小手先の意訳を並べたものでないことが真に理解できる。翻訳者1人1人が翻訳のレベルを上げることこそ、このすばらしい指南書を与えてくれた著者への恩返しであろう。
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玉生かおり様
私は、法律翻訳の和訳に8年程従事しております関係で、いわゆる和訳のテクニック書には何冊か目を通しておりますが、本書は、期待どおり、翻訳業50年の経験から来るテクニックの極意満載の良書です。単なるテクニックと言ってしまっては余りに早計で、言語(特に母国語)への執着・愛着、そして、文化創造を担う者としての使命が翻訳の底流にあってこその深い工夫こそ究極のテクニックであることを教えて頂きました。翻訳の極意は、「和文和訳」の中にあるという一説が大変特徴的で、直訳調の和訳をいかに日本人の生理・感性にマッチした自然な日本語に置き換えていくかという点に翻訳の醍醐味があるという貴重な教えに頭が下がりました。最近、マンネリ化して創意工夫に欠ける我が翻訳業に活を入れて頂いた思いです。実際の業務の中では十分に訳文を練り直す時間がなく、中間訳ぐらいの出来映えで納品することが多いのですが、限られた時間の中で最大限工夫を凝らす仕事をしていきたい、今後も、本書を何度も読み返し技術を骨肉化して日々の業務に役立てたいと思う次第です。
nem 様
私は翻訳を始めて1年強の駆け出しで、よくありがちな「日本語になりにくい英語」にことごとく躓き、うんうん唸りながら原稿と睨めっこの日々を送っている。たとえばone
of the most。「最も〜なもののうちの一つ」という日本語がおかしいことは分かっている。分かっているがしかし、おかしくない日本語を見つけられない。そんな状態の仲で本書を読み、具体的かつわかりやすい実例の連続に、最初はただ感嘆した。先ほどのone
of the mostの例でいくと、「one of the largest air-liner in the worldだったら「世界で最大級の旅客機」とすればよい」とあっさり解決してくれるのだ(第11章 日英語間の往復通行より)。
しかし当然のことながら、本書を読んだだけでその日から翻訳の達人になれるわけではない。本書に書かれた内容を実践するには、大変な努力と数多くの経験が必要だ。ただ、今後翻訳を一生の職業にしようとするときに、手探りで進むのではなく、このような形で指針が示されていることを幸福に思う。本書の終わり近くに「本書は手引き書でも、rule
bookでもなく、自分なりの流儀で英文を訳すためのヒント集であり、可能性を開拓するためのダイナマイト起爆剤なのである」とある。私も本書を「参考書」として、readableな翻訳をしていけるよう、努力していきたい。
越智重人様
読み終えた後の私の感想、というか心持ちを表すなら、"幸福"の一言に尽きます。ですがこれではあんまりでしょうからもう少し詳しく書きましょう。この感情は大まかに言って三個のそれぞれ違う理由からが引き起こされたものが合わさって出来ているのです。
その一つ目は"幸福感"です。これはもう単純に、素晴らしい内容・表現の本を読んでいる時に感じるもの。好きで読書をする人なら、表現する言葉は異なっても誰しも味わう感覚だと思います。今回は自分が興味を持ち必要としている内容だからなおさらでした。
二つ目は"幸運"、時期的な理由です。私は翻訳を志して英語の学習していますが、翻訳の修練はまだまだこれからという状況です。ですが逆にそういう時期に本書を得たお陰で、知らなければきっとするはずの遠回りや徒労を免れることが出来るに違いありません。そういう見方をすれば、良いタイミングだと言えます。
この点については、本書を知るきっかけとこの文章を書くチャンスをも与えてくれ、おまけに本まで頂いた、発行元の御社(日外アソシエーツ株式会社)に感謝しなければバチが当たりますね。
最後が"幸福"です。一つ目と似ていますが違います。本書の内容は中村保男氏が半世紀以上をかけ培ったもの。その原理・技法をたった数時間の読書で知ることが出来るのですから、これを幸福と言わずして何と言うべきなのか。もちろん、それらを習得するためには多くの時間と修練が必要でしょうが、それにしたって遥かに短い期間と言えます。
この様に本書は自分に多くの幸をもたらしました。そしてさらに、私が目指すべき頂上を遥か高みにまで押し上げもしました。「新語学」とまで言い表されている翻訳、やりたいと願ったからにはその高みへ到達することを目標とすべきでしょう。しかしそれを思う時、武者震いが起こるとともに違う震えも禁じえないのが正直なところです。ですが上を仰ぎ見てばかりでは進めません。今は足元を着実に修練し、「自分の可能性を開拓」していく事に力を注いでいきたいと思います。
宮田裕様
著者の中村保男氏には、これまで数多くの翻訳指南書、文芸翻訳等幅広い著作がありますが、なんといっても『英和翻訳表現辞典』で広くその名が知られているのではないでしょうか。同書は、辞書形式をとりつつ、一般の英和辞書にはない訳語を豊富な文例をもとに懇切かつ具体的に訳し方を伝授したものでした。これに対して、本書『英和翻訳の原理・技法』は、著者本人が言うように翻訳指南書の集大成として、様々な視点から系統的な解説がなされているのが特徴であろうと思います。さらに本書には豊富な英語翻訳の経験に裏打ちされた、翻訳という作業に対する著者の熱い信念、持論が随所に展開され、興味が尽きませんでした。一学習者にすぎぬ私の口から言うのはおこがましいのですが、これからプロの翻訳家を目指す人ばかりでなく、英語に携わる人、あるいは英語に興味のある人に広くお勧めできる一冊です。
田村洋一様
もの心ついた頃からFENを聴くのを楽しみにしていた変な子供だったので、英語との付き合いは半世紀近い。中学時代に海外SFを読み始め、読みやすい翻訳とそうでないものの違いが気になり始めた。さらに、翻訳を意識的に考えるようになったのは高校時代の二人の先生の影響が大きい。一人は漢文の先生で、「解釈」と「翻訳」の違いを力説された。このことは、もちろん英文和訳にもあてはまる。もう一人は英作文の先生で、実際的な演習を通じて英語らしい表現を教えていただいた。気鋭の翻訳家として活躍されていた中村保夫氏の文章をはじめて読んだのもその頃のことで、たしか「季刊翻訳」という分厚い雑誌だった。今回、久しぶりに中村氏の論考(それも翻訳論の集大成)を読む機会を得られたことは感慨深い。
本書で、著者は翻訳のプロセスを「原文理解」と「訳文創造」に分けて解説している。前者は英文の意味内容を把握するプロセス、後者はそれを優れた日本語表現で再構成するプロセスと考えてよいだろう。この二つのプロセスは、上述した「解釈」と「翻訳」の対比にほぼ一致する。意味はわかるが、うまい日本語が見つからない…という状態は訳文創造の問題であると考えればわかりやすい。
さて、単語力と文法知識を駆使して原文を理解した結果得られるのは著者のいう「直訳」である。これは機械的な逐語訳を意味するものではない。「直訳」とは文法的に正しい暫定訳であり、原文の意味内容に関する情報を可能な限り含む訳文と考えられる。英文と和文の対応は、語と語はおろか文と文でも難しく、結果的に「直訳」は段落単位になるのが一般的である。言い換えれば、「直訳」は原文理解と訳文創造とを結ぶ重要なインタフェースである。訳文創造はこの「直訳」を起点として始まり、「和文和訳」と呼ぶ推敲過程を経て決定訳に至る。和文和訳では、ひとまず原文を離れて推敲を行うため、ともすれば文章をもてあそぶ危険がある。著者は「不即不離」という理念でそれを戒める。
本書では「省略」「補充訳」「態や品詞の転換」などの翻訳技法が解説されているが、著者が最も強調するのは個々の技法を組み合わせて訳文を構築する力、すなわち「全体感覚」であり「平衡感覚」である。さらに、原文の意味内容だけでなく、原文の長短やリズムなどを含む表現形態をも訳出すべきであると説く。
本書に対しては「結果論ではないのか」という批判も有り得る。原文理解→直訳→和文和訳→決定訳という図式も模式的すぎるきらいはある。全体感覚や平衡感覚が修練で得られるものなのか、あるいは先天的なセンスの問題なのかも疑問が残る。また、難解な原文を平易に訳すのは正しいのか、あるいは度量衡はヤードポンド法のままではいけないのか…等々、言及されていない問題もある。ただ、本書の成立過程が、著者自身の現在における翻訳哲学を開陳するものであり、決してハウツー物ではないことを考えれば、参考になる事柄が少なくないことは確かだ。
本書は、これから翻訳を始めようという人よりは、壁にぶつかった人や翻訳の難しさに気づいた人に、問題を打開するヒントを提供してくれるかもしれない。また、文法ばかり考えていては翻訳はできないが、時として文法の基本に立ち戻る必要があることを再確認する契機にもなる。
著者はときどき本筋を離れて持論を展開する。中には賛成しかねるものもあるが、脱線の多い講義は面白いものだ。
最後に、残念なミスを指摘しなければならない。
p.186の例文で、原文の「23-hectare」を「230平方キロ」と訳しているのは、明らかな誤訳。「ヘクタール」(記号:ha)は100メートル四方(=1万平方メートル)に等しい面積を表すメートル法の補助単位であり、もちろん日本でも通用する。したがって、著者がわざわざ「…、すでにヘクタールをメートル法に換算するなどの意訳は行われている」と述べているのは思い違いである。「acre」と混同されたのだろうか。「23-hectare」の和訳は単に「23ヘクタール」でよい。あえて「23万平方メートル」とする必要もない。どこでどう間違ったのか、500メートル四方に満たない小さな台地が「230平方キロ」に化けてしまい、さらに「230平方キロの広大なこの高原は、…」という珍訳になってしまった。これは「和文和訳」の危険性を警告する実例である。弘法も筆の誤り。
伊東素能子様
これは翻訳道の伝導の書とでもいうべき一冊です。解説は詳細から概論まで多岐に渡っている上にそれぞれ行き届いていて、英語の和訳を手がける人ならだれでも座右の銘ならぬ座右の書として持っておくべき本です。この本自体が磨き抜かれた日本語、それも朗読に耐えうるようなメリハリのあるリズムを持つ文章で綴られている点も大きな魅力です。かくゆう私は会社の業務として、ほとんどすべて現在形で書かれたような電脳便覧(コンピュータマニュアル)の翻訳を、Tradosと海野さんの辞書をたよりに「よちよちと」訳している産業翻訳者の劣等生なのですが、日頃頭を悩ませられて来た翻訳実務上の疑問の数々がこの本で解明され、頭の中の靄が取り除かれていくような爽快感を持って読みました。どちらかといえば文芸翻訳者向けの本ですが、産業翻訳にも大いに参考になると思います。この書の内容を完全に習得した方達とチームを組んで難解なマニュアルの翻訳に取り組んでみたと思わせられました。きっと、日本語として明解で理解しやすく、かつ原文と照らし合わせれば、なるほど同じ内容だ、という理想の翻訳書ができるにちがいない、という夢のようなことまで考えてしまいました。ご同業の皆様、経費節減や厳しい納期に負けず、良い訳文目指してがんばりましょう。
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